読書日記その8 恩田睦著「蜜蜂と遠雷」

今更ながら・・・

2017年に直木賞と本屋大賞を受賞したこの小説を読み終えた。

読んでいる間じゅうピアノが鳴り響いて、そして後半はそれにオーケストラも加わって不思議な感覚だった。

図らずも、先週私は1964年に購入した実家のピアノを手放したところで、私自身懸命にピアノの練習をしていたころのことも、時に思い出しながらの読書だった。

舞台は芳ヶ江国際ピアノコンクール。その個性的なコンテスタント4人を中心に繰り広げられる厳しい、それでいて互いを触発しあってどんどん高みへと昇っていく才能ある若者たちの話。そして、第1次予選、第2次予選で演奏されるたくさんのピアノ曲、第3次予選からはオーケストラも加わり、ピアノコンチェルト。読んでいて、「ああこの曲知ってる」だったり、知らない曲だと聞いてみたいと思うのだが、小説の面白さが勝ってどんどん読み進んでしまった。

 

4人の個性的なコンテスタント。一人目は風間塵16歳。養蜂家の父とともに移動をしながら暮らしており自宅に楽器を持たないというこの少年は、巨匠ホフマンの推薦状を持っていた。二人目は栄伝亜矢20歳。小さいころからトタン屋根を打つ激しい雨音が「雨の馬が走っている」と表現して大人たちをびっくりさせたというエピソードから始まる。少女時代に内外のジュニアのコンクールを制覇してコンサートデビューもしていたが、最愛の母親の急死の後のコンサートで、ステージ上のグランドピアノが墓標にしか見えず、踵を返してステージから降りるという事件を引き起こし、表舞台から去っていた。三人目は高島明石28歳。コンテスタント中最年長の彼は、家族もあり楽器店勤務をしているが、「生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのだろうか」という思いから参加を決意した。そして最後はマサル・カルロス・レヴィ・アナトール19歳。日系3世のペルー人でアイドル並みの容姿と運動神経を合わせ持つ彼はジュリアード音楽院から参戦してきた。

コンクールが始まる前に亜矢は塵と出会い、その音に驚愕する。そして、コンクールが始まると、マサルと亜矢は幼馴染であることが分かるのだった。それぞれがそれぞれの解釈で奏でる演奏は、更に触発しあい、そしてますます音楽の、ピアノの素晴らしさ、そして自分の目指すものを見出す4人。それを見ている私も、いっしょに美しい曲、楽しい曲、超絶技巧のピアノ、重厚なコンチェルトを感じながらの読み進む。気の遠くなるような練習をして、その中で本当に才能のある者だけがたてるこの舞台の素晴らしさ、過酷さ。

その中で塵は、本選に残ったらピアノが買ってもらえることがモチベーションで、「音を外に連れ出したい」と演奏する、あり得ない設定の人物として描かれている。しかし、彼がいることで審査員も試され、オーケストラのメンバーも、そして何より亜矢の本当の力と思いを引き出してくれた。私もこの重要な、それでいて魅力的な少年のファンになってしまった。

 

コンクールの終了とともにこの小説は終わるわけだが、5年後、10年後の彼らを見てみたい。マサルは自分が作曲した曲を自分で演奏してるだろうか。亜矢はコンサートに復帰して確固たる地位を築いているだとうか。明石は生活者の音楽として続けているのだろうか。そして、一番気になる塵は?