今回の直木賞受賞作。選評では山本周五郎を思わせる・・・とのことで、手に取ってみた。
舞台は江戸、根津権現の北側、千駄木町の一角心町(うらまち)。ほとんど流れがない淀んだ心川(うらかわ)そばの貧民窟とも言えそうな長屋の6人の物語。一話ごとに、その長屋の住人が主人公で、差配の茂十が黒子のように登場する。
不衛生な環境、貧しさゆえの素直になれない性格、理不尽だらけの暮らし。
初めのうちは、小説の中に悪臭まで感じてなかなか進まなかった。第一話「心淋し川」の主人公ちほにも心が沿っていかない。それでも、好きでもなかった仕立ものの腕を上げていき、恋をしてと成長していくちほ。その恋は成就しなくても・・・と結末は余韻をのこしたまま。この頃には、私もちほを好きになっていた。
第二話「閨仏(ねやぼとけ)」の主人公りきは逞しい。不美人な妾ばかりを囲う六兵衛、りきはその筆頭で今は閨の相手にもされず、姉さん格で他の女たちの世話をしている。そのりきがちょっとしたいたずらごころから施した細工が思わぬ展開へ。心町から抜け出る機会も目の前に、それでもここにとどまることを選んで新しい一歩を踏み出す。
第三話「はじめましょ」の冒頭
立った一晩で、景色が変わった。目に眩しいほどの白一色に染められていた。
みすぼらしい家々も屋根を塗り替えるだけで、こうも違って見えるものか。・・・・・
与吾蔵はしばし見惚れていた。人もこんなふうに染め直しができれば、とため息をつく。
それは叶わないと、流れのない川が告げる。
各所に心川の風景があり、読者に様々な思いにふけらせる時間を与えてくれる。
どの話も、主人公を取り巻く展開や決断に私のこころにもぽっと灯りがともる。主人公の少し明るい未来がみえての終わり方での5つの物語。そして、最後の第六話「灰の男」で茂十の思わぬ正体が明かされ、そしてこれまでの登場人物のその後が明かされる。何ともスリリングで楽しい仕掛けだ。