読書日記その40「存在のすべてを」塩田武士著

近くの本屋さんで平置きしてあるこの本のあまりの美しさに思わず手に取った。

以前夢中になって読んだ「罪の声」と同じ作者だと気づいてそのまま購入。こんな素敵な本との出会いがあるので、リアルの本屋には価値がある。どうぞ、いつまでもわが街にあり続けてください。

こんな静かで美しい装丁の本だが、話は壮大で衝撃的。

前半は平成3年に起こった「2児同時誘拐事件」捜査に当たる神奈川県警の三村、中澤たち。被害男児の祖父木島茂、新米の新聞記者門田、そして姿を見せない犯人たち。手に汗握る捜査が繰り広げられるが、指定の場所に置いた身代金は思わぬ形で・・・被害男児内藤亮は帰らず、この事件は未解決となった。

 印刷された内藤亮の赤子のころの写真に目をやった。近影一枚ない子ども。犯人は二度と同じ手は使わない。そしてそれは、誘拐事件の終わりを意味していた。

 犯人にとって、子どもを帰すメリットは何一つなかった。

ここまでは、スリルとサスペンス。息もつかせぬ警察と犯人の攻防。そして何とか孫を取り戻そうとする木島茂のけなげで哀れな奮闘ぶり。

しかし、この章の最後に、7歳に成長した亮が突然木島の下に帰って来る。

時は経ってコロナで生活が変わった令和3年。中澤に葬儀に出席した門田は、既に時効となったかの誘拐事件に関わった刑事からスキャンダル雑誌の記事を見せられる。

 門田は付箋が貼られた、見開き1ページの白黒写真の記事に視線を落とした。電球色のルームランプに照らされた見出しに、いきなりストレートを叩き込まれた気になった。

第2弾 イケメン人気画家は誘拐事件の被害者だった!〉

この事件に関わった誰もが心残りだった、それがこのような形で30年の時を経て知ることになる。でもこの間何があったのか、どうして・・・・

 世間では忘却の彼方の事件でも、忘れられない者たちがいる。時効を迎えようが、被害者や捜査員が鬼籍に入ろうが、今もけじめを必要としている存在がある。

「結局、門ちゃんは何でブンヤやってるの?」

 また中澤の声が蘇った。

 サラリーマン生活も終わりが近づく中、その過去からの問い掛けが門田の肩に重く圧し掛かった。

こうして門田の取材が始まる。

後半は、空白の30年間の紐解きとなるわけだが、その柱にあるのが、絵を描くということ。それも、写実画であるということ。

その中で画壇と言われる社会の醜さ愚かさ、若い芸術家の苦悩、また画廊の役割、経営の困難さなどを知ることになる。

亮の行方不明の間の暖かい疑似家庭の境遇を安堵の思いと育ての親の無事を祈る思い、これは読者誰しもが抱いて読むことだろう。

私自身は最近写実画をNHKの日曜美術館で知り、「写真よりリアルなのは何故?」と不思議に感じたのだが、それの回答がこの本の中にあった。

千葉にあるというホキ美術館は私の中の「是非とも行ってみなくてはいけない場所リスト」に入った。