歌舞伎好きの私にはたまらないこの小説。
江戸の町の芝居小屋を舞台に、美しい若衆菊之助の仇討とそれを取り巻く芝居にかかわる人々の物語。
まず目に飛び込んでくるのは囲みの「木挽町の仇討」
睦月晦日の戌の刻。辺りが暗くなった頃、木挽町芝居小屋の裏手にて一件の仇討あり。(中略)
この一件、巷間にて「木挽町の仇討」と呼ばれる。
鬼笑巷談帖
七五調で始まり何とも調子のいい幕開けだ。
第一章も調子の良さは続く。”とざいとーざい”と木戸芸者の一八が仇討の顛末を語る。聞くのは年は十八の若武者。
「この者は某の縁者
吉原で生まれ幇間に弟子入りして、しかしなかなかうまくいかず気持ちが萎れていた時、連れてこられた芝居小屋。尾上栄三郎演じる「天竺徳兵衛」ただただ圧倒されていく。
何と言ったらいいんですかねえ・・・・ああ、こんな世界があるのかって胸が躍りました。手前なんざ、吉原って小さな箱の中できりきり舞いしてしくじって、今また小さな長屋の中で引籠ってるってえのに、徳兵衛って男は異国に行って妖術遣って敵を倒していいなあ、こうなりてえなって。もちろん嘘の話だってことは分かってますよ。そこまで阿呆じゃありません。ただ、いっとき浮世を離れる気持ちよさがたまらなかった。
そして森田座の木戸芸者という生業にたどり着く。
そんな一八の元にきれいな若衆の菊之助がやってくる。菊之助も初めてみる芝居にはまりここで過ごすことに。
このように各章ごとに、それまでの人生で苦渋を舐めた後芝居に出会って救われた人が登場する。第二章では殺陣師の与三郎、第三章では衣装部の芳澤ほたる、第四章は小道具の久蔵とその妻与根、第五章は筋書の金吾。話の中には様々な演目や役者が登場する。その中でも私のお気に入りは第四章の久蔵お与根夫婦の物語。「菅原伝授手習鑑」をモチーフに「車引き」の場はわが子の可愛いさかりを描き、「寺子屋」の場は子を亡くした親のつらさ切なさ、そしてその芝居に向き合う團藏の覚悟を。
20年前に観た片岡仁左衛門さんの松王丸と重ねて読み入ってしまった。
そして、終章ではとんでもないどんでん返しが・・・・
とにかく、いろんなところに芝居のエッセンスが散りばめられ、宝探しをするような本当に楽しい小説で次回作が楽しみです。