読書日記 その1 宮本輝著「長流の畔」流転の海 第8部

私は昔から本を読むこと、特に小説を読むことが大好きです。中学の頃からいつも読みかけの本がそばにありました。それは今でも変わらず、一冊読み終えて、次に読むものがなくなると、慌てて本屋か図書館へ行ってしまいます。

さて、今年の一冊目は宮本輝の流転の海シリーズ第8部「長流の畔」。三十数年前に1作目で夢中になり、ずっと読み続けています。主人公の松坂熊吾はスケールの大きな人物で、無学ながら、持ち前の頭の良さ、人を見る目、社会を見る目の確かさ、そして桁外れのバイタリティーで戦後の混乱期を生き抜きます。50を過ぎて授かった子、伸仁、妻房江、そして、彼の周りにはたくさんの魅力的な登場人物が描かれます。

そんな熊吾も、この本では67才となり、老いを意識せざるを得なくなってきました。それでも、社会の変化や人の本質を鋭く見抜き、発する言葉には力があります。そして、今まで熊吾に従ってきた房江にも変化があらわれます。「もう、熊吾の絶頂期は過ぎたのだ」と、自立への一歩を踏み出します。大学受験を控えた伸仁も、さすが熊吾の子と思わせる太い背骨を持っていて、今後が楽しみです。

熊吾は第6部から糖尿病を患いますが、この本ではとうとうインシュリン治療をすることになります。薬剤師の私にとっては昭和40年前後の糖尿病の治療の様子がわかりますし、また、その時の熊吾の心理描写は糖尿病患者の気持ちそのもので、とても興味深いものがあります。教育入院を受けたあとの「糖尿病の教育入院などは自分にはなんの役にも立たなかったと熊吾は思った。生きているうちにうまいものを食べなければ損だという思いが強くなっただけだ。・・・・・こんな食生活をつづけたからといって糖尿病が治るわけではないのなら、うまいものを食って寿命が5,6年縮まるほうが得だということになる。」

あの時代は、病院食もまずく、治療の選択肢も少なかったため、患者のその思いを覆すことは難しかったのでしょう。今は・・・・

30年以上もこのシリーズを読んできて、未だに飽きさせない魅力的な主人公熊吾ですが、さすがに年老いてきました。何とも寂しい限りですが、次の完結編でどんな言葉を発するのか、また伸仁がどんな大人になっていくのか、楽しみもつきません。