直木賞受賞の「塞翁の楯」でいっぺんにファンになってしまった今村翔吾の3年前の作品。
今まであまり主人公になることのなかった石田三成を、それも「賤ケ岳七本槍」の七人の目を通して,7つの短編からなる連作にするというおもしろい構成。
七本槍という言葉、そして加藤清正や福島正則が活躍したことは知っているが、ほかの五人のことはほとんど何も知らない。下剋上でのし上がってきた農民出身の秀吉が、家臣を育てるために作った小姓組。そこで寝食を共にする佐吉(のちの石田三成)を含む8人は、みな個性的でまたそれぞれに異なる背景をもっている。彼らが秀吉の身近でどれほど豊かな青少年期を過ごしたか。それは、各章で描かれ、甘酸っぱい青春小説の趣もある。
そのなかでも、やはり虎之助(のちの加藤清正)は魅力的だ。子供のころはやせっぽっちでだった虎之介は文官として立っていこうと志すも、佐吉の頭の良さにはかなわないと素直に認め、佐吉を助けてともに秀吉を支えていこうと決意する。しかし・・・・・
私の持つ「剛の者」のイメージとは異なり、とても思慮深く繊細な心の持ち主として描かれている。
そして時がたち、中心にいた秀吉が亡くなった。やがて関ヶ原へ。
何故、この時三成が立ったのか。そして、その時、他の7人は・・・
それぞれが異なる道、地位となった7人の決断までの過程で、だんだん三成の深い考え、そしてやさしさ、なにより豊臣家への忠誠が見えてくる。
なかでも、皆が凡人と舐めきっているいる助作(片桐勝元)の本多正純への一世一代の名演説には痺れた。
「今の言葉に相違はないでしょうか」
正純は案山子が話し始めたとばかりの、驚きの表情になった。
「東市正殿がお答え下さると?」
己が凡庸だと世間で馬鹿にされていることは知っている。正純も口を窄めて笑みを必死に堪えている。
「はい」
助作は凛と答えた。正純はどうぞと言ったように手を宙に滑らせた。
「関ヶ原のあと、大坂の蔵入りを百万石と定められ、秀頼公を外様の如く扱われていること。これ一つ」
助作は指を一本立て一息つくと、正純に向けて猛然と話し始めた。
「大坂の兵の数を咎められたが、これは関東に対して謀反を起こそうとするものを防ぐため。懸念されるのは異なこと。これ二つ。大御所は拙者に豊臣家を頼むと公然で仰せになった。それなのに面会もされぬとはいかなることか。これ三つ」
正純の頬が引き攣る。助作の舌は動きを止めない。
「秀忠様の将軍の宣下の時、諸大名に江戸に来るように言っておきながら、大坂にはお申し付けがなかった。江戸城普請の人足を出すという中からも大阪は除されました。他家とは異なった扱いをされている証左。これ四つと五つ」
(略)
「・・・・これ十一。以上をもって申し開きと致す。お答えを頂きたい」
正純は歯を食い縛って拳を震わせ、
「諸事、相談してお返事致す。暫しお待ちを・・・・」
と、言うのが精一杯であった。
「片桐様があれほど雄弁でいらっしゃるとは思いもよりませんでした」
会談を終え滞在している屋敷に戻る途中、大蔵卿局は溜息交じりに言った。能ある鷹は爪を隠すといったところかとまで言い、感嘆している。
「私は凡人です」
「ご謙遜を・・・」
「千遍」
「え?」
「あの口上、千遍以上も練習しました」
ああ、わたしの拙い筆ではこの小説の面白さはとても伝えることはできない。これくらいにして次の本へと・・・